河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

進学進級の春 摂津と勢州では

 摂津では進学と入園です。Nちゃんが近くの小学校へ入学、式は昨日でした。家から近いので、家族全員で行ったようですが校門前まで。式はお母さんと二人だけだったようです。今朝から授業が始まったそうですが、午前中にはめちゃー楽しかった・・・とご帰宅とか。 

  入学式 パパはカメラを持っているため写ってません  

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 その弟Ky君も今日から幼稚園でした。が、出発早々自分の自転車で行くとダダをこねたようです。2年前までは、お姉ちゃんの通園バスに乗るとダダをこねていたのがウソの様です。もっとも、お姉ちゃんも卒園前はランニングで通園していましたから、DNAは体育会系なのでしょうか。
 自転車通園はできません

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 勢州ではKz君が六歳のお誕生会、4月からは年長組になりました。正式には十四日ですが、一日前の本日にプレゼントも届いた様です。私の歳で云うところのスクーターを今はキックスクーターと呼ぶようですね。後輪にはブレーキも付いているので安全性は高いようです。お父さんの休みの日曜日にケーキを買ってお祝いをしたというメールも届きました。ロウソクは当然6本です。
 数が増えて一気に消すのが難しくなりました

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 一番小さなKy君が幼稚園入園と云うことで、手のひらに乗っかっていた幼子全員が社会のスタートラインに着いたようです。昨今のコロナや今春の櫻のような、予想外の壁や波風に出会うでしょうが、それぞれが力を付けて立ち向かって育って欲しいと思います。
 Nちゃんの学校内で(これは無修正で)

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 休む日も 立ち向かう日も ある人生  <偐山頭火

花の植えかえ 初夏版かな

 春の季節はサクラソウを植えました。門扉前や原価の脇にサクラソウをの鉢植えで飾っていましたが、ボチボチ勢いもなくなりかけてきましたので、初夏版にと昨日八尾市の福樹園さんで買い求めたのがペチュニアでした。比較的長い期間咲くとの花屋さんのお教えで決めたまでのものです。 

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 先ず門扉前から。ここは単色の赤でアイキャッチです。でも、余り来て貰いたくない方へは次のアイキャッチも張り出しました。
 門扉前のアイキャッチ

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 余り訪問して欲しくない方へはこれでお願い

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 これだけでは、少し物足りませんので凡そ1万坪の我が庭園の内数坪のみ、特別に東西に分けてブログ公開させていただきます。東部から先ずはブルーベリーです。これは、作柄が悪いと云うより毎年この程度しか咲きません。毎朝ジュースにする量から推し量ると、相当広大な面積で作らないと商品としての価値がないでしょう。もっとも、カナダ等では雑草のように咲いていると聞きますので、規模の差ですか。
 ブルベリー

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 ブルベリーの横は山椒の木です。薬味としての葉がワンセットで200円、苗木を買うと280円と言うことで我が家にやって来ました。もう一本在るのですが、思い違いで日陰に植えているためあまり収穫出来ません。育種本を読むと日当たりの良い場所と書かれていますので、今回は日当たりの良い場所としました。
 山椒の木

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 さらに右横へ行くと狸では無く茗荷です。そのうちに狸が見えなくなる程茗荷の葉が咲き乱れます。奈良県榛原からお嫁入りした茗荷は、既に20年程になります。良い年頃の茗荷です。
 狸と茗荷

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 上に目をやると種なし葡萄。通称デラ、本名デラウエアという一番甘い葡萄ですが、種を抜くジベレリン処理をしませんので、種ありです。鉢植えから直植えにかえて二年目ですので、この程度です。これから新芽を誘引して花を咲かせます。葡萄の木は三十年は収穫出来ますから、私がおさらばしても誰かが跡を継げばその後何十年は実を付けるでしょう。

 デラウエア 

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 別の角度から

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 ここまでが東院庭園です。少し腹が減ったところで焼き芋としましょう。これは、熊本産の芋で私の好きな粉吹きタイプでした。明日、チビ共が襲来というので食後のデザートに焼いています。安いもんです、アイスやチョコは御法度という良い習慣ですので。
 チビが喜ぶ天然甘味

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 西院庭園は本日種を蒔いた小松菜が主ですので、これはご紹介にはおよばないがプランターだけでも紹介。一週間もすれば芽が出てきて間引き菜が頂けます。
 取りあえず種を蒔いたプランター

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 上の棚に目をやると、二十年は収穫しているネオマスカットです。しっかりとした新芽が吹いてきました。一枝で一個の新芽を選び誘引します。その一枝から一房の葡萄を成らせます。誘引する新芽の選定して育てます。失敗するとその枝からの収穫は出来なくなりますので、暫くは二本程度温存します。
 ネオマスカットの新芽

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 葡萄作りの大敵はテッポウと呼ぶカミキリムシの幼虫、此奴は枝の中に入り中心部を全て食べます。枝をくり抜いたようになるので、テッポウと呼びます。しかしこのテッポウは渓流釣りのいい餌らしく、これを養殖するという手もありますな。でも、テッポウよりはKy君等に葡萄を食べて欲しいです。
 Ky君プール後のデザートに(昨年)

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 春過ぎて 初夏来るらしい ころなかな  <偐山頭火

 

 *お詫び・・昨日掲載した記事が何かのミスで消滅しましたので再掲しました。コメントをお寄せいただいた方にはお詫びいたします。

1400年遠忌に遅参

 奈良市内で所要があり、済ませてからでも間に合うとの算段で出立したが、所要に少々手間取り聖徳太子1400年御聖諱法要(ごしょうき)に遅参してしまいました。
 本日は管絃講という最終日、東院伽藍から七歳当時の聖徳太子像などが西院伽藍へ向かい雅楽などによる法要を済ませて東院伽藍へ戻るという設定です。愚僧がやっとの思いで夢殿などがある東院伽藍前へついたその瞬間に行列は途絶え、参拝客などが続いて入って行かれた時であります。
 最終組の参加者の皆さん

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 後直ぐに若草伽藍があった場所に建つ参集所にスタッフの皆さんが戻ってこられました。聖徳太子の遠忌にカメラマンが参加するのは、今回で二回目でしょう。
 カメラマンも大きな脚立に挟まれています

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 次回は百年後でありますから、相当な努力をしないと遠忌には加わることが出来無いかも知れません。もっとも、病平癒も祈りの祈祷もあるのですがこの日の奈良のコロナ患者は少し多めと云うことですので、混じらなくて良かったかのかも知れません。これを、怪我ならぬ「遅参」の功名とは云いません。
 大法要の高札

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 間に合わなかったことは仕方が無い、と切替も早い。いつものように芋を食い果物を食べて腹ごしらえ。でも、もう少し・・・とソフトクリームに目が向きました。しかし、少々味が変です。これまで長らくお店を閉めておられたので、味に変化がとも思うがなにせ相手はソフトクリームだけに、直ぐに咽頭奥深く流れて行きました。あさって、咽頭の先生に診ていただくので、ついでに診ていただきましょう。(?)
 ソフトクリーム

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 本日は買う当ても無いのでいつのも苺屋さんをよけて、法輪寺前の駐車場へ向かう途中の菜の花畑です。中央からやや左奥に法輪寺の塔が見えるはずです。品種の差なのでしょうか、この春何度目かの菜の花ですがこれが一番美しいと思いました。

 菜の花が満開

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 遠忌には 菜の花似合う 斑鳩は <偐山頭火

亀岡の夢が覚めたら常照皇寺へ

 偐家持氏とホテルで合流した後、近くの居酒屋で夕食でした。本家持氏の父上は大酒飲みですがその偐息子さんは下戸でありまして、本来なら食堂を選択すべき所でありました。しかし、ホテルフロントにきいても皆さん飲み屋のような場所へ行かれるし、コロナの影響で食堂と云っても開いているところがないでしょうとのこと。飲み助の愚僧にとっては好都合で、久しぶりに御酒をいただく。オマケに土産にも麦酒をくれたのは、部屋飲みにと云う事でしょうか。亀岡の人は良い人です。
 お土産の麦酒で寝酒

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 朝食はコンビニでサンドイッチを調達して何処か景色の良い所で、と走れども良い場所と思えば縁石に邪魔をされたり暫く彷徨う。国道とは名ばかりの477号を北へ分け入ると大きなダム湖に出る。どうやらこの場所でと云う天からの声でしょう。山間にあるため遠望が利かぬため黄砂も見えぬ、身近には緑の湖水と櫻花が映えている。老いた男二人での車内での何とも美味しい朝食です。
 増水でオーバーフローする単純構造のダム

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 ダム湖を見物していると役所の車が来てUターンして帰る。点検か清掃なら一回りするのだと思うが。後に地図で確認すると「廻り田池」と呼ぶこのダム湖南丹市と京都市の境界線らしい。何とも律儀な職員ですね、堰堤は各行政別にあるわけでなく一体なんだから一廻りくらいすればいいのにと思います。とすると、我々は既に亀岡市界を越えているようです。

 廻池築造記念碑(廻池)が正式名でしょうか

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 廻り田池を水瓶として流域では多くの富を蓄えたのでしょう。ダムの沿革については偽家持の記述を参考にされたい。その水瓶を後に、さらに山道を進むと再び道幅が狭くなるが林間ドライブも又楽しい、なにせアクセルをふむ力だけでどの様な坂道でもグイグイ進みます。やがて京北周山町のウッディータウンに到着です。国道477号と162号の交点にあるいわゆる「道の駅」の一つで、行政の支所、各種売店福祉施設、学校などが纏められている。
 桂川岸から

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 昼食まではかなりの時間がある、しからば腹減らしとトレーニング代わりに走ろうかということでバイクを下ろします。ほぼ無風、快晴銀輪行には絶好のコンディション、どこまででも走るぞ!!とテンションは上がります。
 いざ出発

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 しかし、どうもトルクが必要な道ばかりが続く、偐家持氏はご存じだったようだがこの道は高尾方向へ進むため急坂道の連続なのです。しかもトンネルが多くて長く、景色が悪くて息も苦しいと云うことですね。
 京北トンネル

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 笹トンネル

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 この当たりでギブアップして起点に帰ることに、この様な状況下ではアイコンタクトのみで合意成立するのは老々銀輪行を長年に亘り続けてきてお互いの手の内が分かっている証。
 昼ご飯は京北ウッディータウン内で

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 腹一杯食ったせいだけでは無く、愚僧の二脚のピストンは既にオーバーヒート気味で偐家持氏のみトレンクルで常照皇寺へ出発された。その後ろ姿を見送りながら、愚僧は「小豆入りソフトクリーム」を舐め舐めしつつ手を振る。ピストンリングへの潤滑油の様なものです。しかし、十分休みすぎたのかもうバイクで走る気は失せ、先行する偐家持氏を車で追い越して常照皇寺へと行くこととする。これを世間では「飛び級」と云います。
 飛び級で偐家持氏を待つ

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 途中で追い越したのですが、そこでピックアップと言っても頑固な氏のこと何食わぬ顔してバイクで進むことでしょう。常照皇寺の門前には広い駐車場が設けられていて、参拝、見学客の殆どが自家用車で来るようです。庫裏までの道も整備されていますが、通行禁止と記されています。(熊野本宮大社那智山などでは申し出ると案内してくれます)
 この説明板の後ろが秘密の通路です

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 やがて偐家持氏の姿が最後の坂に見えて来ました、流石にもう走れんと手押しで登ってこられました。でも、千歳超にしては素晴らしい脚力です。
 力走ではなく力押しで

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 常照皇寺は京都府京都市右京区京北井戸町にある臨済宗天龍寺派の寺院。本尊は釈迦如来。正式には大雄名山万寿常照皇寺。かつては常照寺(じょうしょうじ)と呼ばれていたそうだが、格式と箔を付けるためか皇付きで呼ぶ様になったのでしょうか。開祖は北朝初代の光厳上皇天皇)で観応3年/正平7年(1352年)、大和国賀名生の南朝後村上天皇行宮にて出家し禅宗に帰依しここに常照皇寺を開いたと書物等にあります。
 常照皇寺山門

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 光厳天皇の山国陵

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 常照皇寺の枯山水庭園

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 天然記念物九重桜

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 賀名生といえば、毎年のように柿を買い求めに行く五條の奥で南朝の皇居の看板がかかった建物もあります。1352年に光厳上皇(天皇)がここへ訪れたと云うから前年に足利尊氏南朝後醍醐天皇に帰順した翌年と言うことになります。何ほどかの力のバランス上で操られていたのかも知れませんね。歴史にもしもは禁物ですが、北朝が続いていたら明治維新もその後の幾多の戦争の歴史も多少は変わっていたかも知れません。
 吉野賀名生皇居跡(五條市

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 さて、ボチボチ帰路としましょう。偐家持氏のトレンクルを車に積み込み出発です。勿論、京北ウッディータウンを経由して、見覚えのあるトンネルをくぐり高尾に差し掛かりますと山の南斜面一面に花が咲いています。山が一つの花のようにも見える景色に、暫し車を止めるも通行量が多くて車外に出ることが出来ません。知らぬ間に南北朝から令和の時代にタイムスリップしていたようです。
 全山花だらけ

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 市内の二条城脇を走り、西本願寺、東寺と過ぎて阪神高速から第二京阪道を走ると、河内までは2-30分で到着です。昨日の起点喫茶ペリカンの家前で氏を下ろして愚僧もキャンパスに到着。明智光秀織田信長そして少し遡った南北朝の歴史を櫻並木のように巡る銀輪の旅の終着です。また機会があれば是非偐家持氏との輪行のお供を務めたいものです。

 京の北 奈良の南と 争うも 時はやがては 武士が天下に

                       <偐山頭火

月初のお墓参り

 月初のお墓参りはいつも通りのスタイルとコースです。そこに櫻がつくのは春四月ならではのことです。いつも通り小阪駅前のお花屋さんで槇を購入しました。ここ暫くご主人のお顔を拝見しません。愚僧と同種の病で長く入院されていたので、暇な午後は店の奥で休まれているのでしょう。なにも詮索せず奥様から槙をいただく。
 八戸ノ里公園の人・花だかり

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 お墓へ行くには八戸ノ里公園を横切るコースが普通ですが、本日は人と花で賑やかですね。生駒山を背景にして広場が華やいでいます。例年だと櫻でも一つの種から始まって躑躅まで、順に変わっていく舞台の背景の様に咲くのですが、今年はこれらが一斉に咲いています。
 同通路で

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 公園の木陰をすり抜けたらお墓です。お彼岸の時は整理員が出ていましたが、今はいつのも静寂。これで普通なのですがお墓までの花道が素晴らしかったので、少々寂しいような気がします。彼岸で豪華に飾られた花の枯れ姿もそうさせるのでしょうか。
 帰路のお寺では

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 自宅へ戻る途中の檀那寺の門前掲示板には、花にたとえたお言葉が妙に現実感溢れています。あすありと思う心のあだ桜・・・とは、思わず山田君座布団三枚と言っては失礼しました。まあ、そう仰らずに今日の花も楽しみましょうよ。
 中学校の桜

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 河内温泉大学近くには我が校の附属ではないですが中学校がありまして、校門内に見事な桜があります。例年なら入学式に咲き誇って新入生を歓迎するのですが、写真の様にすでに散りかけてきました。コロナ禍で入学式を迎える新一年生諸君にとっては、異常気象もまた青春の思い出の一頁になるでしょう。

 

 あすありと 思う心の隙間より コロナの嵐 吹かぬものかは 

                          <偐山頭火