河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

それぞれのひな祭り三題 

 数日前のひな祭り、皆さんはどの様なお雛さんでしたか。上賀茂神社の雛流し、滋賀の町並みの雛飾り(一度行ったことがあります)等伝統行事としてテレビの埋め草に様々紹介されていました。多分全国的に落ち着いた一日だったんでしょうか。

 Kz君のピアノ発表会

 雛祭りの日に伊勢では練習に通っているピアノ教室の発表会があって、ほぼノーミスで「子やぎのさんぽ」と「ワルツ」を弾けたそうです。母に当たる愚女はピアノ教室の看板を上げようかと思っているのだと云うが、自分の子どもは教えられないと云いいます。どちらも、甘えが入るのかな。今回の発表会は、新居にピアノを迎えたこともあり真剣に練習していたと愚女。先月の体操競技会の金賞クラスの出来だったようで、良い春を迎えているようです。

 摂州では雛飾り

 Nちゃんのおうちでは雛飾りが、まだ男女の決定的違いが無いKy君も混ざってお祝いしてそうです。その様子を伝える便りには「ホワイトデーにはいかぞうめん」をお願いと書いてあります。将来酒豪になるのかと心配ですな。

 我が家にも雛飾り

 娘に男の子しか授からなかったので、我が家に雛飾りが一つ眠っています。毎年愚妻が賑やかしにと内裏様だけ飾っています。老夫婦の家に雛飾りも良い物です。興にのった愚妻は「ちらし寿司」迄造りましたが、写真はダメだそうです。実生活もリハビリになるということでしょう。まずまずの味でした。

 愚僧はジャガイモ植え付け

  今年は一畝半(10㍍)ほどジャガイモを植えましたが、石灰の撒きすぎだそうであまり期待が出来ません。ジャガイモは弱アルカリ性の土壌が云いようで、石灰を撒きすぎたので成長が阻害されそうです・・・という物の本を読んだのは石灰を撒いた後。何事も慎重さに欠ける愚僧らしいしくじりです。

 種芋を乾燥させて定植です

 ジャガイモを植える最中にも、電話がかかってこないかと思っていました。読書会の連中が我が家の近くに集まるというので、そちらの用事が済んで喫茶店での雑談コーナーになれば呼んでいただいたら行きますと云っていました。芋植えを早めに切り上げましたが電話がかからないので、余った種芋を植える鉢を買って来ました。鉢一つで出来た芋が沢山買えるな・・・と思いつつ。

 春よこい 桃の節句に 芋の畑  <偐山頭火

フライング月初墓参から

 月初には少し早いが、好天の昨日お墓参りに行ってきました。それと云うのも、今週初めに奈良で高野槙の原木(枝)を購入していたのでこれを整えて墓の槙として供えるのを急いだことにあります。そのため、お寺の掲示板はまだ書き改められておらず後日の掲載とすることにいたしましょう。
 お墓の高野槙 少しは未詳流も上手くなってきました

 お墓の前の公園にある土俵には武蔵川部屋が三月場所の宿舎を設けています。浪速の春は相撲から・・・とも云いますが、我がキャンパスの年中行事になってきた武蔵川部屋です。大昔は朝潮が全盛の頃、近大近くに出部屋を設けていましたが近大におけるスポーツ熱が冷めだした頃から相撲も野球もあまり騒がしく無くなりました。三十年ほど前に無くなった親父が大の相撲好きだったので、墓の脇に出来た武蔵川部屋には喜んでいるでしょう。
 武蔵川部屋の幟 往時と比べて数が減った様な気もします

 さて、序でですので更に春を求めて軽く銀輪散歩。中央環状線に出ますと菜の花が咲いています。司馬遼太郎の「菜の花忌」が近いので沿道に菜の花が植えられています。何時か、この花が盗まれて大(?)事件になったこともありました。その後更に発展するのかと思うと司馬遼記念館が菜の花を実費販売をやりだしたことと、地元にあまり貢献しないこの行事に住民も参画しなくなって盛り上がりに欠けます。また開催地を東京と大阪で隔年にするのも、記念館の東京志向が出ていて地元に目が向けられていない気がします。
 中央環状線沿いの菜の花

 我がキャンパスを北方向に大きく回ろうとすると中央大通りあたりで西に向かいます。家人の土産にと御厨団子を求めて御厨の集落に入るも、求める団子は売り切れか店が閉まっています。土産は諦めて天神社に参拝です。ここには大きなクスノキがそびえていてランドマークになっています。
 クスノキ

 神社の屋敷(?)は比較的広く、大空が見えます。まさに「天」神社ですな。神社のあれこれはリンクでご覧下さい。大阪と奈良を結ぶ最短陸路の暗越奈良街道に沿ってあるので往来が盛んだったことでしょう、今はその脇に産業道路という街道がそれに取って代わっています。カレーでお馴染みのハウス食品もこのあたりが発祥の地です。
 神社正面から

 地元と云えば先の司馬遼記念館と同じで、ハウス食品も小阪駅前に工場があった頃は工場から漏れるカレー粉のニオイだけを置いて地元貢献をしていません。今では工場跡地の半分を商大に売り払い知らん顔、住民にはカレー粉による花粉症に対する抵抗力のみ残しました。これが地元貢献と云えばそうなるのかな。
 天神社の銘板に由来が記されていました

 詳しくはリンクでご覧下さい。

 ジャガイモを植える準備 

 親父の墓への墓参から春の芽生えを探しつつ最後はぼやき漫才になってしまいました。ぼやきが多くなったのは、これも歳のせいでしょうか。最後にクラインガルテンに植えるジャガイモの種イモを天日干しにして次の晴天時に植えようと60グラムを目処に切りました。苗屋の叔母さん曰く、大きすぎてもダメで60グラム程度が一番良いと云うことでした。

 定植予定の畝 後ろにそら豆、スナップエンドウの畝です

 今年は早い春らしいが、我がクラインガルテンもボチボチ騒々しくなって来ました。隣に建物が建ち日陰が多くなったせいで、世間と比べて春の気配が遅い気がします。そら豆とスナップエンドウの跡地には里芋と薩摩芋そしてキュウリなどと考えています。

 孫達が 泥まみれに 芋掘りで    <偐山頭火

 泥孫が 輝いて見える 芋掘りだ   <偐山頭火

 

 追記:本日小阪駅周辺に所用があり、常照寺と小阪駅北の元ハウス食品工場跡の写真を撮影して来ましたのでここに掲載します。

 なんまんだぶつとは

ハウス食品元工場跡 手前が大阪商業大学後ろの建物にハウス食品のロゴが読み取れます

 

ことさら信心深い

と云うことでは無いのですが、事の序でと云えば神様に叱られるが、昨日山麓バイパスを走り一言主へお礼参りに行ってきました。お礼と云うことにこだわらずによく走る道ですが、昨日は山頂に連なって薄らと雪景色。これがまた、神々しくも見えるのは私だけでしょうか。
 葛城山頂付近の雪景色

 ここから暫く走ると九品寺、これをやり過ごすと山腹に大銀杏の一言主神社です。参拝客もあまり居ない、これと云った売店も無いわりには数多くの車が止まっています。今回Ky君のお願いに行ったのは昨年、受験が一月で同月下旬には合格通知、お礼参りは縁のある枚岡神社へ済ませたのが先週でした。
 今回の本家にもお礼を申し上げる

 神さんに頼って合格したわけでは無いとは分かりつつも、神や仏に願いというのは歌謡曲で云う「星に願い」と同様で何かに頼るというのは人情、代わりに頼って貰ったky君や願かけられた神さんにとっては良い迷惑かもしれません。
 帰路斑鳩で古都華を求める

 本日来るというKy君のために古都華を求めます。同時に先の読書会で遠くから来て土産を頂いた方や、私の大の友人A君を亡くしたその妻K女史にも一周忌には早いが同時にお送りした。最近近しい人ばかりが次々と亡くなるのが悲しい。でも、KY君や同時に送った同じ孫のKz君達に送るのは、大変夢がある楽しいプレゼントであります。
 春よこい 斑鳩の野に 赤い華  <偐山頭火

佐川美術館へ

 昨日から滋賀県にある佐川美術館へ行っていました。設立母体の佐川急便株式会社が創業40周年記念事業の一環として、 琵琶湖を望む美しい自然に囲まれた近江・守山の地に1998年3月に開館した。平山郁夫作品を中心に彫刻家佐藤忠良と陶芸家の樂直入を主に展示している。愚僧は2013年3月に読書会開催時に訪れて以来、機会あるごとに訪問している美術館です。
 美術館全景 竹中工務店の手になる建物全景

 昨日は雨でしたが、到着後入館時は止み、退館時も小雨となるラッキーな塩梅、日頃の行いの良さが現れている・・・と自画自賛。美術館に入館と同時にイノダコーヒーのカフェーに突進、昼飯を軽く頂こうとの魂胆でした。以前は小隅にあった喫茶コーナーが建物の中心部に移動して、コーヒーはイノダですが蕎麦、炊き込みご飯やサンドも戴けるようになっている。我々は意を得たりと蕎麦とコーヒーを注文。蕎麦は比叡山下坂本の「鶴喜」を意識したようで、そこにくみ上げ湯葉が付き最後にイノダコーヒーとなると、京(風)グルメが出来上がったようだ。
 イノダコーヒーが似合う カップまでイノダと同じ、味は勿論です

 ラウンジから館内を眺める 周りは我々の様な老人ばかりでアングルに困ります

 展示内容は平山郁夫を中心に見学、佐藤忠良も興味があるが建物の外観にある作品で満足、茶器は時間の関係で省略としました。15歳の時に広島で原爆に遭い、中国の敦煌楼蘭遺跡のラクダを群青色で描いた作品が有名です。奈良薬師寺玄奘三蔵院壁画で薬師寺の復興にも尽力した。館内にはスイングするとなぞらえられた薬師寺の東西の塔の絵も在り近しさを感じました。
 館内様子 1

 愚妻は模写絵はがきを売店で買っていました。愚僧も精巧模写を一枚買おうとしましたが、館外の雨を考えて次回晴天の日に来た時にと諦めます。
 館内様子 2

 数時間館内におりましたが、浜大津で予約している宿のチェックインが迫ってきているので退館することに。
 お見送りいただいた佐藤忠良作品

 今回もナビでホテルを電話番号検索しましたら、直ぐ近くを指し示しています。ホテルでは桑名でも難儀な目に遭っていますので、早めに再検索し直すと浜大津方向を示したのでそれに従うことに。数年前にも同じ琵琶湖ホテルを取っていますので、近づくとその記憶が呼び戻されて無事に駐車場へ入ります。愚息が予約をしてくれて夕飯を普段通り5時頃にしていたので、その1時間前にとの思いでしたがぴったりと思惑通りです。
 ビュッヘスタイルの夕飯 右端の酒は3杯以上飲まないと損になる?

 ウエイターが飲み物はと問うので何が良いかと聞き直すと、90分1500円飲み放題が宜しかろうと。愚僧の酒飲み癖と暫く飲んでいないという思惑を読まれたような返事に、瞬時にそのようにと答える。赤ワインを二杯、シャンパンがあるのに気づきそれに転換する。愚僧が封切りらしく爽やかな舌触りにボトルを置いておいたら・・・とウエイターに。それは出来ないが手を上げたら直ぐに持ってきますという、気の利いたやり取りで一本空けた頃には出来上がりです。
 ボチボチ部屋へ 窓際が公道なみに利用されているが、通行人も覗いたりしない夕暮れ

 その頃、孫のKy君から電話がかかり小学校合格祝いのおもちゃが来たので開けても良いかとの相談。ママ曰く届いていたがおばあさん、おじいさんの手からと遠慮していたというので、直ぐに開けても良いよと返すとKy君大喜びでした。しかしホテルにいると聞いてボクも行きたいと、暫くすねていたとのことです。
 合格お礼参りに枚岡神社

 昨夜のKy君の電話のせいでも無いが、翌日琵琶湖からの帰り枚岡神社に立ち寄りお礼参りです。合格祈願に訪れたのが一言主神社でお礼が枚岡神社とは?と感じる方が多いとおもいます。枚岡の地は「日下」とも云い、雄略天皇がワカクサカベに妻問いした場所。合格祈願の一言主神社はその雄略が神と「邂逅」の場所となった所です。何か縁が繋がっていると無理に解釈しての両社への願掛け、お礼参りとしたものです。この点は先に同じように合格しているNちゃんの例に倣ったものです。
 合格の 願がかなった 梅満開  <偐山頭火

Kz君体操競技会に出場する

 勢州の愚女の長男Kz君が三重県の大きな体操教室の競技会「相好カップ」に出場しました。三重県下で最大規模の体操教室で、アジア大会で総合や種別でもメダリストを輩出している教室とか。大会は10日と11日四日市市総合体育館で開催、Kz君は11日の初級二年生男子クラスで出場しました。
 会場風景

 Kz君の運動競技会の見学は幼稚園の年少クラス以来、当時はかけっこで途中で心細くなって泣き出したKZ君でした。今回もおじいさんとおばあさんはそんな心配をしていましたが、堂々と入場行進している姿に成長を感じました。
 Kz君の6班出場選手達です

 競技は参加教室ごとに班を編制、Kz君は14名で編成する6班でした。マットでの側転と静止を何度か繰り返し、最後は跳び箱でまたポーズを決めます。各班ごとに審判員が2名付き判定を下していきますが、最初の選手は30点(40点満点)にも届かずKz君の番になると応援する方がハラハラでしたが、見事32.5点と思わぬ高得点にもしや・・・とも思いましたが全体では育成選手達には及びませんでしたが頑張りました。
 金賞成績のKz君 この後ご褒美になばなの里へ行かれました

 土地勘が全くない愚僧はKz君達とお泊まりする桑名シティーホテルに向かうも、途中はぐれてナビ頼りになるがこのナビがとんでもないナビ。電話番号で指示するとそのホテル名を表示するので従って運転するとどうもおかしい。伊勢湾方向に進み、到着地とするのが海岸に接した下水処理場です。周りを見渡しても殺風景な窓の亡い建物と橋等だけ。困り果ててホテルに電話するも、駅前の大通りにあるというホテルからは斯様な苦情は初めてという。こちらも苦情を言っているつもりは無いので、近くの公共施設を教えて貰い再入力すると到着地はなるほど駅前でした。と、やっとの思いでホテル着。その後Kz君達はなばなの里に行くというので、夕食は別にと云うことで一旦分かれる。
 Kz君達はなばなの里の人に エジプトのピラミッドとか

 むしろKz君は競技会よりこちらがメインだったようです。綺麗なお花によっているのは母さんだけ、美味しい料理と色々な乗り物にパパとチャレンジし、最後はお風呂でくつろぎホテルに帰ったのは10時前だったとか。勿論その頃爺さんは三重人とか云うお店で、久しぶりの御酒(伊勢の地酒 作)海産物に酔って夢心地でした。
 川森食堂 関インターに一番近い食堂です

 翌朝皆でホテルで朝食を頂いて解散です。愚僧は第二のミッション川森食堂の「味噌焼きうどん」に挑戦。挑戦と云っても戦では無く、開店時間に合わせて時間を消費しつつ行くだけのことです。最後は関宿の観光客用の駐車場から店に電話すると11時半だと思っていた時間が11時開店と分かり駐車場のおじさんに最後の地理案内を求めて川森食堂へ向かいます。既に店は満員状態で、ライダーおじさんが四角い鍋の味噌焼うどんを懸命に喰っていました。
 味噌焼きうどん 一人前は店が焼いてくれます

 食に対してあまり挑戦的で無い愚妻は親子どんぶりとか。我が味噌焼きうどんは数センチを切って食べていましたが、あまり乗った様子は無い。愚僧はそのうどんを平らげて愚妻の丼の残りをいただき満腹になりました。

 もりたさんより拝借した何人前かの鍋 (写真の無銭飲食)

 ブログ仲間のもりたさん直伝の「味噌焼きうどん」は体験してみる価値のある味です。戦国時代なら味噌とおにぎりで大将の命令一下、命を賭けて山野を駆け回っているような愚僧でしょう。時代が変わり野菜や肉が入っているだけでもましな戦国フードでありました。

 懸命な 眼(まなこ)がむかう 跳躍箱    <偐山頭火
 おっさんが 懸命に喰う 味噌饂飩      <偐山頭火