河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

KleinGarten kawati

 孫達と取り組んでいるKleinGartenの様子です。一期目という入院前は、近所の散髪屋さんの応援空しくほぼ全滅状態でした。生き残ったのはその散髪屋さんがくれた「里芋」とお嫁さんの誕生日にプレゼントした鉢植えの葡萄に早く植えすぎた馬鈴薯の数株だけでした。
 散髪屋さんがくれた里芋(奥右) 

 退院後のリハビリは畑仕事という重労働、早く返りたいと思っていた入院暮らしが懐かしくなる野良仕事ですが、土相手の作業は時間を忘れるほど。滑って転んだ傷の痛みは忘れませんが(これは主治医に内緒です)。
 畝作りにはNちゃんも監督で参加
 

 家族全員で

 その監督が友達と新居で遊ぶという今週の日曜日にはKz君が助監督です。トマト、茄子、胡瓜、ピーマン等を里芋の間に植えます。里芋は水をがぶ飲みするほど必要なので、苗を何処に植えるかが勝負の境目のようです。しかし、そんなことどうでもいいや・・・と全て適当に植えます。
 茄子です

 馬鈴薯と里芋は先住特権ですので移植は出来ません、定位置で余計な枝を取り払います。余計と思って切ったら寸足らずになった馬鈴薯もありますが、何とか成るでしょう(左端)。
 馬鈴薯

 畝の角や通路側には秋桜を植えました。一見秋桜畑の様に見えると良いなとの思いです。花は、ガレージに面しているお宅へお分けしようと思っています。迷惑(?)料とでも云いましょうか。駐車場を借りて頂いている方からは、玉葱はありませんか・・・と云う応援の様なお声がけもいただいています。

  葡萄の新芽 

 お嫁さんの誕生日にプレゼントした葡萄にも新芽が出ました。最初は「鉢植」次に我が家の庭の隅でしたが今回は大きく長いフェンスがありますので、思う存分枝を貼って美味しい葡萄を実らせて貰うつもりです。

 嫁が来て 孫が生まれて みのる房 <偐山頭火

「縮み」志向の日本人

 李御寧(イオリョン)の追想録が本日の日経に掲載されています。俳句、盆栽や団扇から扇子、ラジオからトランジスターラジオ、大型車から軽四と何でもかんでも縮めてしまう日本人とその文化を論じた「『縮み』志向の日本人」は特に有名な著書で。あらゆるものを縮めるのが日本文化と解かれた。同書は若草読書会が単なる読書会もしくは聖書研究会の頃に読んだ記憶があり、発表者は小林兄だったような気がする。もし間違っていたらご容赦を。なぜイオリョン氏の記事がここに・・以下拙文をお読みいただけたら何とか理解して頂けるかと。
 追悼録日経より

 韓国人作家としては「日本の中の朝鮮文化」という書を記した金達寿(キムタルス)も、読書会で読み著書に記載されている朝鮮文化を残す地名などを歩いたものです。八尾の穴太神社もその痕跡と知りました。遠くは滋賀県奈良県を踏破した時もありましたが、中川氏はその不自由な足にも関わらず行動を共にしていただきました。飛鳥から、談山神社まで道なき道を登られたことは、今思えば頭が下がります。随分足が痛かったことでしょう。
 多分多武峰へと通じる坂道(今の様な道路は無く獣道とも云えない道を登りました)

 イオリョン氏は韓国の文化相を努められたこともあった様で、日韓の架け橋に努力されたようです。ちなみに、氏は奈良県立大学の名誉学長も努められたそうです。

 当夜は「多武峰観光ホテル」という旅館に泊まった事を覚えています。夜半に偐家持氏と東邦麻呂氏が碁をだしだし、愚僧は盤面が読めなくなり酒に溺れ翌朝の談山神社での談合に遅れた事を思い出しています。イオリョンから古い読書会をつい思いだし、乱文となりましたがご容赦下さい。

伊予の河内晩柑

 何時もの様に伊予から河内晩柑が届きました。理髪店主のI氏の古里からの到来物ですが。今年は2箱を予約しておりましたその一陣が到着しました。河内と付きましから少しは本学と縁があるかと思いますが、熊本の河内で発見された自生種で、ブンタンの血を引いていると考えられるとか。地名から「河内」と年を越して春を過ぎた夏になって収穫を迎える一番遅い季節の収穫ということから「晩」の柑橘とされ「河内晩柑」と名付けられた。(Wikipediaより)宇和ゴールドと呼ばれることもあるようです。I氏の古里は宇和島で、お兄さんが健在で、その筋から別けていただいているものです。
 晩柑のNちゃん。Kz君そしてKy君

 二箱目はもう少し後に送られてくるでしょうが。それぞれを孫達にも似顔絵でも描いて送ることにします。もっとも摂津からは本日午後に遊びに来ると云っていますから受けることでしょう。
 河内晩柑の木

 I氏が種から育てた言う苗木もこの様に大きくなりました。彼曰く植える場所が無いので植えてくれとのことで、安請け合いしましたがこれに実のなる頃まで愚僧やI氏が生きていることは無いかも。その時は孫達が食べてくれるでしょうか。
 ニオイバンマツリ

 晩柑の隣にはニオイバンマツリを植えています。今年で二年目ですが結構繁茂してきました。匂蕃茉莉(においばんまつり)とも書くようです。語呂合わせで植えたわけではありません。花は咲き始め濃い紫色で、次に薄い紫色、2日ほどで最後は白色になり、1本の木で2色咲いているように見えるます。初めて見たという知人も驚いていました。強い芳香があります。匂いには毒性があるようですので、毒蜜柑が出来るかも。

 余録:熊本には河内温泉があるのですが、愚僧は近くまで行きましたが未湯です。晩柑の古里を訪ねて河内温泉行も良いかも知れません。

断捨離その後

 断捨離をするための大腿骨を切断するという断捨離(股関節全置換術)を受けて二十数日目になりました。この辺りで、手術そのものを振り返ると同時に日常の様子などをお伝えします。
 当初3週間の予定で入院に望みましたので、5月6日の退院は多少遅れましたが、連休等を勘案するとほぼ予定通りでした。急性期と云うことでリハビリに関しては取りあえず一通りのメニューをこなしたというところです。でも、休日にも何度か出勤してくださいましたU療法士には感謝です。
 置換した右股関節

 最初は怖々でしたが両方のかがとでしっかり立つと、背が伸びて視野が広がった様な気分になります。31年間しゃがんで世の中を見ていたのかも知れません、副作用として性格がよくなるかも。
 人工関節のパーツです

 さて日常生活ですが、室内は手すり歩行が中心で、屋外は杖歩行です。しかも長距離は不安があるので逢えて無理をしていません。勿論自動車も運転は出来ると思いますが、医者が良いよと云うまで乗るつもりはありません。その医者ですが、来週の水曜日には担当医の診察、主治医は6月2日に診察の予定です。この間、同じ病院で耳鼻咽喉科・消化器内科の予約が入っているので、やりくりするつもりです。
 KleinGarten 河内

 気に掛かっていたKleinGartenです。多くの苗は枯れています。奥に茂っているのが馬鈴薯です。その周りに里芋もありますがまだまだこれからでしょう。入院中に支えとなる資材を購入していますので、胡瓜等も増やしていきます。その前に、秋桜の苗も沢山出来たので、周囲を秋桜で覆ってやろうと計画しています。

  風鈴草

 親戚の叔母にいただいた風鈴草が目立っています。12月に株をいただいたのですが、つい最近まで著変が無くどうなっているんだろうと思っていたら、この通りです。花も実も時期が来なければ成果が見られぬ・・・と云うことでしょうね。

ポポ丸が旅立ちました

 愚僧は皆さんの励ましのおかげで6日に退院出来ました。手術とリハと股関節全置換術の復帰メニューはこなしたとは云えまだまだ真っ直ぐに歩くことも難儀な状態です。でも、ここでへこたれては断捨離にはなりません。頑張りますが、先ずは家の環境に慣れることです。
  まだまだ不十分な手すりなど

 15年程前から家の中のバリアー化は機会ある毎に整備してきました。室内の手すりや公道への段差の手すり、トイレ浴室の段差解消と行っていますが、障害者となって見るとここにもう一つ・・・という手すり等々がありますね。今回はその内に躰が慣れるでしょうが、もっと先を考えると気が付いたうちに取り付けようと思います。
 早くアワアワ風呂がしたい(ここも手すりだらけです)

 そんなこんなとジタバタしているうちに、愚息家の愛犬ポポ丸が昇天しました。もうダメだろうと周りでは心づもりしていたようですが、いざ無くなると悲しいものです。ポポ丸は愚息の奥様の愛犬です。結婚当初は一緒に住んでいたのですが、密な生活で長女Nちゃんにアレルギーが発症して実家に引き取られていました。しかし、引き取られるまでの間には、Nちゃんの予防接種、お母さんの病気等々で我が家で預かる機会も多く我がブログにも何度か登場しています。覚えていただいている方もおられるでしょうが、何点か掲載します。
   お湯休め「愛犬ミミが逝って」 
  お湯休め「P*君二上山麓を行く」
  お湯休め「p*君歴史街道を行く」

 ポポ丸とは様々な名シーンが繰り広げられましたが、動画でお見せするのは最高傑作です。上手く掲載できたら良いのですが、ダメなら連続写真と云うことになります。
 Nちゃんの実家近くの公園にて、すべり台を自由に上がるポポ丸を0歳児のNちゃんがやっと追いかけて登ったら、ポポ丸は「ほなさいなら・・・」とよそさんの子供と戯れに行ってしまうと云う短編です。このNちゃんも今や小学二年生、生き物との別れをどう感じたのでしょうか。
 ポポ丸 享年13歳 子供の日に召されました

 ポポ丸待て!

 もう少し

 行ってしまった