有間皇子の悲劇。大化の改新(645年)後即位した孝徳天皇は政治の実権を中大兄皇子に任せ、皇子は新たな政治を次々と打ち出す。653年都を難波から大和へ遷すことを拒んだ孝徳は一人難波に残されて失意の内に憤死した。この孝徳の唯一血の繋がった息子…
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