河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

久しぶりの四天王寺で

 河堀口近くの歯医者に正月早々から厄介になっています。正月の餅を食べた勢いで差し歯が抜けて治療して貰っている。何せ歯医者は時間がかかるというか、調子を合わせつつ治療を行うので患部摘出・・・とは行かないのだろう。そんな訳で天王寺近くまで良く行くので、先日は歯もほぼ直りかけたと自分で思い山門をくぐってみました。
 南大門 

 門前の駐車場でトレンクルに乗り換えて散策です。何年か前にNHK開催の「ええトコ大阪」をテーマにした写真募集があり愚僧の写真も何点かの内に選ばれて放送局のロビーに展示されたことがあります。そのときの写真と比べても同じ景色が天空に広がっています。
 往時も今も同じ写真に

 写真を撮っていると後ろの六時礼讚堂がすっぽりと覆われているのが見えてきます。大規模修繕でしょうか、ここらは四天王寺内で無料区となっていて多くの参拝者が訪れているのですが、前面の池の亀と同じでほぼまだらです。その近くの亀井堂もすっきりとしています。もっとも、月曜日が閑散としているというのは後で訪れた釣鐘堂本舗のおやっさんに教えて貰うのですが。六時礼讃堂の覆いが気になります。そこには大林組と金剛堂の共同事業体が工事するとなっています。
 六時礼讃堂の覆い

 金剛組聖徳太子法隆寺を造営するために、朝鮮半島から連れてきた大工集団がその元。世界で一番古い株式会社と云われています。その金剛組の経営危機時に手を差し伸べたのが大林組ですのでジョイントの仕組み合わせは分かり良いです。法隆寺四天王寺を造った宮大工集団がその後、奈良の都や古刹の造営・維持に関わっているのは法隆寺宮大工西岡常一さんが有名ですね。詳しくはリンクでご覧下さい。
  彼の手になった薬師寺西塔 写真の頃は東塔工事中でした

 工事期間は令和8年3月末と云うことなので、お堂は見られないですが歴史的な工事は見ることが出来る・・・と云っても覆いがあるだけですが。しかし、千年の歴史の中の3年間の一瞬を見ることが出来るというのも、何かの縁かと思います。
 釣鐘堂本舗

 南大門から出て釣鐘堂では饅頭を求め、一つを店内でいただきながらおやっさんと雑談。愚僧の高校時代の親友で同じ饅頭の模造品のような物を作っている会社のことを訪ねるがよく分からないとのこと。「あかねや」とか色々似た商品を扱う会社が多いのでその群れに隠れているのでしょうか。店の奥の焼き場が閉まっている理由を聞くと、月曜日は客が少ないので午前中しか焼かないと云う。ご尤もでしょう、愚僧は歯が少し心配なので昼飯代わりとした饅頭は柔らかくて餡はこってりとして上手い。
 釣鐘饅頭

 山内に(?)店が並ぶ数年前

 土産を手に今度は西門から再び境内に、以前は写真のようにテキ屋が並んでいたのですが撤去されています。工事に合わせてでも話し合いが付いたのかほぼ無くなって寂しいです。よく高野槙を買った店も店番のおばあちゃんも、おられないのはなお寂しい気持ちになります。親方に当たるテキ屋が博打にでも行くのか、その間おばちゃん一人で数店の店番をしておられたのが懐かしいです。暫し寅さんに戻っていました。

 斑鳩に 四天王寺で 匠の技  <偐山頭火

 朝鮮と 大和をわたる 棟梁か <偐大工