河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

紀伊田辺「闘鶏の始まりと天神湯」

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 久しぶりの家族旅行。急な設定で1泊という窮屈な旅程ゆえ、表題の結果となりました。だが、久しぶりのロングドライブに温泉行となり、気分転換にはなりました。私は南紀田辺は昨年以来ですが、連れ合いは十年ぶりくらいと懐かしがります。愚息の関係会社の施設があり、良く通っていたのを思い出します。

 昼飯を自宅で食べて田辺に着いたのが二時半頃、いきなり宿でも無いので田辺市内の闘鶏神社へ。共に弁慶縁の寺とこの社が有名だが、車を寄せやすいと云う理由で闘鶏神社へ。今東光にご縁のある河内からでは、「シャモ」が良いようです。この神社も、近くに白浜が無ければもっと観光地化されたろうにと思う程立派な社です。

 かんぽの宿紀伊田辺は、外装が塗り替えられていた。隣接する白浜のかんぽが無くなったと云え、やはり競争は厳しいのだろう。あれこれ、策を練っておられる様だが、先ほどの神社と同じで、競合相手が強すぎます。しかし、手をこまねいていては、という意気込みが伝わります。

 翌日にかけて天神湯と称する温泉を三回も楽しみました。名の元となる天神崎に繋がる小島と岩礁の向こうに広がる海原を眺めての湯浴みは、緊張した体と心を癒やしてくれます。夕刻に帰って来たウミウでしょうか、早朝には出勤して行く様子も見られます。往路では連れが初めてだという、有間皇子の石碑に立ち寄りました。その、万葉歌碑を探すも発見に至らず。標識に「0.2㎞」とありますが、略図でもあればとも思いました。次回にしましょう(備忘録としてリンクしました)。

 写真:闘鶏神社二題、かんぽの宿紀伊田辺、浴室からの眺め、岩代の松と碑

 再び岩代
 牟婁の湯へ ま幸くあって 再入湯  <偐山頭火