河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

お湯休め「伊吹山に登った by traincle!」

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 小径のトレンクルに乗って伊吹山ドライブウエイを山岳ドライブ、ではありません。山頂駐車場までは寅号のトランクに、トランクル。そこから奥のスカイテラスまでが、自力走行であります。見出し勝負の「週刊*潮」の悪”習慣”の様ですみません。

 さて、金曜から土曜日に近江路を旅行することになり、宿は木之本の「己高庵」と決まりました。その道中の見学先としては、我が家では永年の懸案となっていました伊吹山のお花畑が筆頭候補です。この辺りは、何度も行き来したコース故余り思案することも無く、近江西川で肉を買って、海津で鮒寿し、鯖街道へ回り蕎麦と鯖寿しそして大原で志ば漬とストックされたメニューが思いつきます。皆喰いものですね。

 では、順番に消化することとしますが、伊吹山が大きな「山」となりました。山頂が曇に覆われていて、現地の案内でも見通しは悪いですが・・・と歯切れが悪い。ならばと、伊吹山を先に伸ばして帰路とします。先ずは近江西川でお肉を購入、子ども達へも送ります。その後安土城郭資料館安土城跡の見学でほぼ予定終了です。安土城跡へは、読書会の現地開催で訪れて以来です。単なる岡の様に見えた場所が城跡らしく整備されていて驚きです。

 己高庵は今回で二回目です。華美を排した簡素な美しさで、料理メニューも余り複雑で無く分かりやすい値段設定です。宿の灯火以外に周辺に灯りは一切無く、自然と一体化した設えは極めて好感度が高い宿の一つです。飯を食ったら最後の風呂を戴いて寝るしか無い・・・それで良いのでしょう。

 夜来の雨もあがった翌朝は快晴、一路伊吹山を目指します。須賀谷温泉も視野に入りますが、取りあえず伊吹山へ。同山は中学校の時に夜間登山して以来ですから、約50年ぶりです。元スキー場だった当たりは寂れていますが、山容はそのままです。多少切り取られてセメントにされたかな、程度ですね。駐車場職員に自動車専用道路である旨の指導を受けます。その気があっても、トレンクルでの無傷の下山は無理かと思います。

 山頂付近には、お花畑。もっとピークを目指せがばなお美しかったようですが、この写真辺りで辛抱しましょう。それでも、この時代になって無理矢理山頂まで担ぎ上げられた松尾芭蕉さんよりは楽しめました。愚妻は小一時間山頂で放し飼い、結構お花を楽しんで疲れた様です。この後、道中食事時以外は熟睡されていましたから。

 再び木之本を経由して琵琶湖西岸に。更に西に進路をとりマキノのメタセコイヤ並木をくぐり鯖街道へと向かいます。鯖街道福井県小浜と京を結んだ行商の道。特に海の無い京都にあっては「グジ」「鯖」そして北前船の昆布などを運んだ物流の街道です。今では物流トラックなどは余り行き来しませんが、観光の街道として道筋に鯖寿しや蕎麦の店が建ち並びます。そして、終着点の京手前に大原があります。

 大原の土井志ば漬本舗で「志ば漬」を買い求めていましたら、店の奥に紫蘇畑が見えます。宣伝用とはいえども小憎たらしい演出ですな。愚妻に云わせると「調味料が少ない」自然な味が良いと。探せば他にもあるでしょうが、車ごと横付け出来るのがなによりですね。市内に入り花園橋を左に曲がると「山端平八茶屋」が見えて来ます。京へ入るこの茶店先で、行商は一息入れて商いにかかったのでしょうか。私共は、先を急ぐ故今回はパスして、河内への高速の入口を目指しましょう。
 
 写真:トレンクルで、近江西川、安土城のカットモデル(安土城郭資料館)、安土城跡説明、己高庵二題、伊吹山頂付近二題、メタセコイヤ並木、蕎麦と鯖寿しを求める(旭屋)土井志ば漬本舗菜園

 伊吹山にて
 そのままよ 月もたのまじ 伊吹山  <芭蕉

 知らぬまに 担ぎ上げられ 伊吹山  <偽芭蕉>