丹後半島の西の付け根にある「木津」の木津温泉へは何時から通っているか・・・と本ブログのログを紐解くと06年7月13日というのが一番古い、開設日の翌日です。しかし、記憶とは少々ズレているので、本ブログの前に開設していたブログに一番古い記録があるのだろうが記録として残していないので遡るのはここまででしょう。こうも木津温泉「ゑびすや」に拘るのは泉質が一番で当然だが、気が向いて空いていると何時でも気楽に利用できる所謂「貸切」風呂があったのもその一つです。加えて古風で今では大正館と呼ぶ木質棟が安く利用できたことがその理由でした。
そんな木津も暫く行っていないな・・・と家人と話す内に予約へと進み急遽久しぶりにうかがうこととなりました。昔は、直通する高速もなく中国道から播但道、豊岡経由で久美浜辺りで日本海に出て丹後木津への道中でした。しかし、今では河内から第二京阪、京滋バイパス、京都縦貫道から山陰近畿自動車道を利用するとナビの計算では2時間少々で行けます。随分便利になったもので、従前の半分近い短縮です。浮いた時間の有効利用と云うことで、初日の30日は与謝天橋立ICで高速を降りて「加悦鉄道」鉄道敷跡を暫し輪行、加悦鉄道についてもお勉強をして参りました。
丹後の加悦一帯では今も地場産業としての丹後ちりめん作りが盛んで、そのちりめんを輸送する手段としての加悦鉄道というお話しが頭にこびり付いていました。しかし、当日の勉強によって鬼退治民話の大江山でニッケル鉱山が発見され、その輸送のため路線を延長して宮津湾にある冶金工場へ鉱石を運んでいたようです。しかし、敗戦でニッケル輸送は途絶えその後は人や物の移動の自動車化の進展で利用客が衰退、昭和60年4月30日のさよなら列車運転を最後に鉄道事業を廃止。今では旧鉱山駅跡地に施設を建設し「加悦SL広場」を設けて機関車などを展示公開しています。
軌道敷跡ですが京都府道「加悦岩滝自転車道線」として加悦SL広場から12キロ程輪行できるが、この日は利用したという証拠写真程度に留めました。余り待たせると家人のお怒りを受けそうですので。鉄道敷自転車道の常として、緩やかな緩斜面で何時までも走っていたくなるようなコースであります。また、SL広場も多種の蒸気機関車、気動車に客車、貨車が並んでいて男の児でも連れてきてあげたら喜ぶことでしょう。あれこれ遊んで時間を潰した後京都丹後鉄道宮豊線沿いを木津温泉へと向かいます。近年は近くの夕日ヶ浦海岸とその温泉街が人気となっているようです。その煽りか木津温泉駅も「夕日ヶ浦木津温泉」駅となっていて、固有名詞をこうも簡単に変えて良いのかと寂しい気分になります。夕日ヶ浦温泉の湯は木津温泉からパイプラインで送っているのですが。