河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

お湯休め「四天王寺行の道すがら」

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 上町台地のほぼ北端にある四天王寺へは、河内からはかなりの上り坂であります。この地形に関しては、ドラマ「真田丸」や関連の歴史番組(?)でよく紹介されていますので、くどくなってはいけません。ただ、我が家から西へ百メートル位が最底辺、そこから天王寺大阪城まではほぼ登りと行っていいでしょう。

 昨日の輪行で最初に休んだのが「田島神社」、通称眼鏡の神社です。つい最近までは家内制手工業の様な、眼鏡工場が立ち並んでいました。大和の田原本町「鏡作坐天照御魂神社」とは同業のようです。石に所縁が刻まれています。このお社の直ぐ近くにある「めがね温泉」は洒落が効きすぎていますが、面白いですね。

 ここから、西へ直進するとラビリンス。よくぞ空襲で焼け残ったという様な迷路状の道が続きます。地震などの災害に備えて、行政関与の再開発が急がれるでしょう。囲繞地に入っては戻り、肩幅くらいの里道をすり抜けして寺田町駅まで出ます。ここまで来たらもう大丈夫です。

 五重塔に関してもう一題追加です。大坂の陣の前後豊臣秀頼が寄進した五重塔と、戦後焼けた塔を再建した徳川秀忠の塔が二十年程の間で立ち替わっているそうですね。四天王寺さんにしては、門前の戦は大迷惑な話でしょう。徳川にしたら「今後宜しく」と云ったあいさつ代わりだったんでしょうか。

 山内に見慣れぬ石碑がありました。昨日五重塔の全景写真を撮った先の聖霊虎ノ門前に、四天王寺と蕪云々が刻まれていますが、字が細すぎて読めませんのでその切り抜きをご覧下さい。なんでも、野沢菜の元がここから伝わったと云うことらしい。

 伊勢神宮遥拝所がある東門から河内を目指します。帰路は鶴橋付近で「コリアンタウン」に。噂では聞いていましたが、就学旅行生のメッカですな。ソフトクリームを舐めながらキムチ売り場を覗いている。なにかアンバランスですが、これも時代なのでしょうか。

 写真:田島神社の石碑、豊臣&徳川五重塔の編、野沢菜旅の基点碑、東門付近の紅葉、コリアンタウンにて

 超変革
 旅をして 天王寺蕪 野沢菜に 虎旅しても 寅のままかな  <偐山頭火