大和神社の帰り、ここ暫く目標にしつつなかなか叶わなかった元山上千光寺に行ってきました。千光寺は、役行者が修行をした「元」の山上で、彼が大峰山系へ移動してから元山上と呼ばれる様になったと云います。加えて、彼のお母さん白専女もここで修行をし、主体が大峰山系移動後もここに居残ったとことろから、女人禁制の吉野大峯に対し女性の修行も受け入れたため、「女人山上」と呼ばれ、女人の修験道場として栄えたとのこと。
**大臣様とか**市長様にお聞かせしたようなお話しですね。もっとも、大峰山は今も女人禁制です。それは本日の主題ではありません、険しい山を修行の道場と考えていた役行者ですから、千光寺へ行くだけでも大変な道筋です。車はやっと一台がギリギリ通る幅、加えて急なカーブを切り返して登り降りします。神武天皇の頃に役行者がおられたら、東征の話は早くかたが付いたことでしょう。
山内にはユースホステルなどと共に、修行者を受け入れる施設があると云うことですが、この日は利用者はおられないのか修行中なのかお見かけしなかった。修験道は元々神仏習合的な宗教でしたが、江戸時代の政策で真言宗系の当山派と、天台宗系の本山派のどちらかに属さねばならないことになりました。千光寺は真言宗を名告っておられるのはそのせいでしょう。
写真の様な惨道ならぬ参道を登り(写真は降り)山内へ辿り着きます。谷川の水が落ちる音以外は何も無い静寂です。しばしの間新鮮な空気に洗われて帰路につきましょう。どうせこの様な道を登ったのですから、更に酷道308号で暗越越で石切を目指すこととしました。暗峠を越えた石切辺りには「千手寺(せんじゅうじ)」を始め興法寺、慈光寺等役行者縁のお寺が沢山あります。国道ですから対向車が来ることは覚悟の上、その場合は潔くバックでもするつもりで峠道に入りましたが、運良く対向車現れず。しかし、車内のバイクは跳ね上げられてひっくり返っていましたが、そんなことに構っている事は出来ずに一気に駆け下りてきました。