河内温泉大学

姓は車 名は寅次郎 人呼んで フーテンの寅と発します

湯煙

分け入って分け入ったら葛城の神に

御所市の葛城山山麓にある「九品寺」の掲示板です。良く訪れるお寺ですが、今回は九品寺をやり過ごしたら、葛城山の懐奥で出会った農夫との会話などを紹介しつつ、林道の風景をご覧いただきます。 九品寺の駐車場を抜けて、数十メートルも行くと段々畑の中に…

若草読書会花見編

いつも堅いお話しを・・・と云うわけではありませんが、年に一度花見をしつつ集まろうという催しで今回は7日に開催します。過去歴を調べましたら平成十年の花見が一番古いようで、かれこれ十年近く続いている宴ですね。当初は、特定の方が食べ物を作って持って…

例月墓参

月初の墓参を、本日済ませました。初日は銀輪行、翌日は回復期に充てて本日となった次第。小阪駅前の花屋さんでいつも通り槇を求めます。花屋の親父も少し遅いな・・・という感じで、槇を巻いてくれる。途中の公園は桜には少し早そうです。 お墓へ行くと前にも…

もう一つの河内に 王仁王と百済寺等を訪ねる銀輪行

王仁(わに)は、辰孫王と共に百済から日本に渡来し、千字文と論語を伝えたと古事記、日本書紀等に記述される伝承上の人物であります。そのお墓というのが、大阪府枚方市藤阪にある。 百済滅亡後、日本に残留した百済王族・善光(禅広)は朝廷から百済王(く…

おおさか東線 その2

以前の「おおさか東線と桃園等を銀輪行ついでに」をその1とすれば、今回は野江駅付近から赤川鉄橋までをその2として銀輪散歩しました。起点はこの日桜の開花宣言された大阪城付近として、大川を遡り毛馬の閘門に出ます。 淀川との水位調節部を毛馬の閘門と…

大和川と石川の吊り橋を行く

と、タイトルは気取っていますが、要は所用で玉手山へ行ったと云うお話しです。 1級河川の大和川に吊り橋があります。それも大阪府内にあると云えば、まさかと云う方も多いでしょうが正真正銘の吊り橋です。ただし人道橋です、いわゆる古風な吊り橋です。そ…

春は進級

春、お正月よりも実感として共鳴出来るのが卒業・進学そして進級の春でしょう。野や山の花も蕾から希望の大空に向けて花弁を広げる様子は、何度見ても感動的ですね。 やうやうにして水仙のつぼみ 山頭火 見わたせば 春日の野辺(のべ)に 霞(かすみ)立ち 咲き…

熊野三山と渡海浄土へ船出の補陀洛山寺

後白河法皇は実に生涯三十三回も熊野詣を行った。しかし、高貴な皇族だけでは無く一般庶民も「蟻の熊野詣」と称されるように、熊野那智大社、熊野速玉大社そして熊野本宮大社をめざして、大辺路を中辺路をそして奥駆道を蟻のように歩を進めたのは平安末期か…

寒いですね

早朝からドアを叩く音で目が覚めた、と思って外を見ると人影は無し。ドアを開くと庭のテーブルの上にはあられでしょうか。あられがドアを打っていたのでしょうか。 寒くはなると聞いていましたが。こんなに寒いとは。 蕾が着きかけたラベンダーも首をすっこめ…

みうら折り

ミウラ折りというのは耳にしたことはありましたが、実際に見たのがこれが初見です。人工衛星の太陽電池パネルの展開方法を研究する過程で生み出されたと云いますから、宇宙的な存在なのですね。 それが、東京神楽坂から来ました。 我が家のお使い物や自家消…

おおさか東線と桃園等を銀輪行ついでに

おおさか東線が全線開通します。城東貨物線という、単線路が大阪市東部と東大阪市そして八尾市の境を走っていました。主に百済の貨物駅に貨車を運んでいましたが、いつの間にか鉄路には錆が浮かび、果てしなく待たないと貨車の通るのが見ることが出来ない鉄…

かぎろい号は阿騎野を行く

近鉄の車両の名前です。特段鉄ちゃんという程でも無いのですが、鉄道は好きです。車両と云うより鉄路の方が興味があります。廃線「マニア」と云うほどでも無いのですが、訪れた土地に廃線があると拝見したりトレンクルを引き出して走ってみたりしています。 …

紀伊半島へ行くか

昨年末以来の旅行に出掛けることにしました。色々と家事多様で泊まりを伴う外出が出来無かったのですが、愚妻も小康、愚僧も野垂れ死にの危機は無いとのことで小旅行にでかけることとしました。ただし、愚僧のみで泊まりを伴う旅は無理をしないで・・・と愚妻は…

案山子考

さだまさし「案山子」 ・・・ 銀色の毛布つけた 田圃にぽつり 置き去られて 雪をかぶった案山子がひとり ・・・ と云う風景が案山子には似合います。 2008年2月11日淀川左岸枚方付近にて、シャツ一枚の案山子。 私たちがガキの頃よく田圃で見かけた案山子はこ…

例月墓参ほか

昨日は月初の墓参に。いつも通り掃除をして、花の水を入れ替えます。道中の檀那寺の表示には、報恩講の案内がありました。何時ものお説教的な掲示はまだ無いようですが、可愛い絵が掲示されています。こちらの方が愛嬌があって良いかもしれません。 月末には…

生駒越え十三峠は業平道 歴史の道、恋の道を行く

在原業平が河内の女性に会うために奈良の天理から通った・・・と云う恋の道、道中は聖徳太子の道や奈良街道と重なる歴史の道でもあります。 大和と河内の間にそそり立つ生駒高峰は急峻、古人の恋への険しい道。十三峠と街道周辺の風景と歴史を辿ってみました。 …

相撲部屋の幟が揚がりました

先の報告では、相撲部屋がやってこない・・・と記していましたが。しかし、昨日墓参に参りましたら、墓園の前の相撲道場に「武蔵川部屋」の幟が揚がっていました。体育館の脇にあって、場所入りするにも電車で8駅15分程度という利便性は力士にとっても好都合…

ネット詐欺の手口というのでしょうか

一番目の写真は「お前のシステムを乗っ取ったぞ」と云う内容のようで、「Bitcoinで**を送金しろ」という。さもないと、システム上の写真をばらまくとそ・・・という。昨年の10月頃から度々送られてきています。勿論無視してはいます。 二番目は最近届いたライン…

メジロには八朔、人には清見を

河内の里にもメジロが飛び交います。時に朝晩は真冬と思われる気温ですが、昼間肌に感じる陽ざしは春も近いと感じる・・・と思っていました。今朝、いつもの雀の群集が来ていると生け垣に目を向けると少しスリムな鳥が。 メジロです。毎年の様に鳥寄せしてい…

竹内街道を行く

先の當麻寺の旅で見残したあれこれをと、再び葛城路へ足を踏み入れました。と、格好付けると見かけは良いのですが、要は惚けていて取材忘れです。しかし、河内から向かうには絶好の場所で体の良い時間つぶしでもあります。 いつもの風景です。 見残した場所…

墓参の行き帰りで智と実をいただく

本日は墓参に。昨日孫娘Nちゃん、親父からみると曾孫の学芸会見学の報告もしてやろうと出掛けました。小阪駅前の花屋さんで高野槙を求めます。大阪場所の触れ太鼓代わりに、各部屋の場所入りが報道されていましたので、武蔵川部屋が再びお墓の前の道場で大…

崇仏争論の果てに 河内国渋川郡の物部氏の跡を行く

ここ暫く法隆寺や四天王寺などの聖徳太子の足跡を訪れています。そこで今回は、視点を変えて蘇我入鹿・聖徳太子を先鋒とした仏教加護派に対し、廃仏派として抗争に敗れ歴史から抹殺された「物部氏」の立場から、彼ら一族に関する史跡を巡ってきました。場所…

孫心チョコ

孫娘からチョコを貰いました。チョット恥ずかしそうに差し出したお洒落なバッグに、写真のチョコが入っていました。Nちゃんが誕生して先月で四年になりました。ここ数ヶ月は随分成長した様に見えていましたが、この時はさらに成長した様に見えます。 おじい…

當麻の里を行く 當麻寺から石光寺まで

ご存じのように大和の里を歩くのが好きです。明日香そして斑鳩路を銀輪行しては、日本と云う国の形が生まれた足跡を辿っています。その少し前の時代、と云えば二上山から金剛山麓の東麓に広がる御所・葛城そして今回訪れた當麻の里に行かねばならないでしょ…

例月の墓参

例月の墓参、少し遅いが月初と云うことです。非常に暖かい昼下がり、道中に見られる「菜の花忌」を盛り上げる菜の花も満開を越えているような咲きっぷりです。その菜の花ですが、よく見ると二種類が植えられているようです。単純に見かけが小さいもの(前)…

新年読書会で 猪と鬼をいただく

若草読書会の新年会が本日開催されました。二月に入ってからと云うのは、あまり記憶が無いのですが、新年会と立春そして節分とお目出度い三並びで文句の付けようがありません。リンクをご覧のように、節気は一年に沢山ある云々といえども、鬼が出てこられて…

遅い初湯です

正月最後の日に初湯です。こんなスローなペースは建学以来初めてでしょう。振り返ると、特段何が忙しかったと云うわけでもないのですが、この様に新年から月末まで温泉行に行かなかったのは希なケースです。 しかも、と云えば不動の湯に失礼ですが、温泉銭湯…

寒中の閑というか

ここ数年、毎朝体重を量るのが日課です。昨年病を得た愚妻共々体重計に乗っかり、記録を取っています。 「体重を量ります」「電源を切ります」 と云う呼びかけは毎日あるので、耳に馴染んでいましたが、昨日は「電池を交換して下さい」という呼びかけに変わ…

河内の怪盗ルパン事件は迷宮へ 菜の花は留置場から

昨年河内を騒がせた一番の大きな事件は「菜の花の花泥棒」事件でした。河内の怪盗ルパンの仕業ではないかと、司馬遼太郎先生やインターポールの銭形警部まで帳場に繰り出した大騒動となった。しかし、推理小説は苦手と司馬先生は早々に書斎に引きこもり、銭…

君は早く逝きすぎたよ 其の参 「遺作を所縁の地へ」

既に何回か紹介している箏曲家大嶽和久兄の遺作「誓いのとき」と「大和川」の初版楽譜及び音源等を、それぞれが所縁の地であります大阪柏原市の市立歴史資料館、玉手山安福寺にこの程お納めしました。 安福寺住職に大坂の陣400年事業柏原実行委員会会長よ…